
今日 8 月 15 日は、「終戦の日」。
上の写真は、天皇陛下直筆の 「終戦の詔書」 です。
これがラジオで放送されて、日本国民は戦争に負けたことを初めて知ったわけです。
おっ、そうだ。
負けたのに、終戦とは如何に?
と思って、「終戦 敗戦」でググってみたら、こんなの見つけた。
”社民党の政策〜総務部会&国土交通部会〜: 「終戦」? 「敗戦」?”
結構オモロイ。
もともと、左翼連中は「敗戦」が好きで、右の連中は「終戦」と云っていたのが、
最近の左は「勝敗は支配者側の見方であり庶民は「終戦」というべきだ。」と言い出して、
右の方は「敗戦の意味や原因をかみしめ今度こそ勝つ戦争をやろうということで「敗戦」というべきだ。」という風に変化して来ているらしい。
(もうひとつオモしろいのは、上記の中で社民党は自分たちは「左」だと思っている事。保守に対する革新じゃなくて、世の中に対して「左」で自分たちは中心になれないと思ってるんだな :) )
個人的には終戦と呼ぼうと敗戦と呼ぼうとあんまり関係ないけど、
やっぱり呼び方や言葉に拘ったり、誤魔化したりするのが好きな民族なんだな日本人ってのは。
まあ、「言霊」っていう伝統もありますからね。
現実的には、アメリカの挑発に乗ってしまい馬鹿な戦争を始めて、やっぱり負けちゃったという所でしょう。

この、開戦当時の連合艦隊参謀長だった 宇垣纏 の書いた日記 「戦藻録」 を読むと、日本がやはり負けるべくして負けたのだと実感できる。
如何に日本海軍に戦略がなく、潜水艦や航空機の使い方や情報に関する興味が無く、作戦命令書の文章を美辞麗句で埋める事や、兵学校の年次や席次で司令官の人事を決めたりすることに神経を使ってばっかりだったか。
読んでいると情けなくなってくる。戦争指導者がこんなので勝てる訳がない。
実際に各々の戦闘においても、日本帝国海軍の戦力や練度が低く、かなり弱かったのが読み取れます。
一般的には陸軍は馬鹿だったが、海軍は現実的で科学的だったみたいなイメージがあるみたいだけど、昭和の海軍は全然そんなことなさそう。
明治の海軍は、まだ弱小国の日本をどう守るかを真剣に考えて切磋琢磨していたのだが、日本海海戦で大勝して以降は思考停止して驕りに支配されてしまったに違いない。
日本はアメリカに圧倒的な物量で負けたと思われているが、
これを読むと精神的にもアメリカに完敗していたことが良く分かる。
やっぱり軍事的、政治的、精神的に敗戦だったんだ。









